「今日こそ転学の話聞くぞ…転学の話聞くぞ…」
放課後。
「先生逃したぁぁぁ!何やってんだよ自分!」
ただでさえ大人に対して自己表現が出来ないから今日は気合いいれて行くんだって…!
明日は朝に行くか…
なんか全てのやる気失った…帰ろう…
本当にやる気が無くて帰りの相模鉄道でDSiさえ開かなかったのだから。
…転学転学ってなんで逃げ腰なんだかって?挑戦しな?そんなものしてきたさ。
夏休みだってやったし、先生と話してからも頑張った。けど、変わらなかった。
でも、わかったんだ。むいてないって。
上手か下手かじゃなくて、デザインを仕事にするべきじゃないって答え。
好きになれない仕事して注目されるか?無理だろう。
『自作の絵を売り込む。』
この事自体嫌だ。ってか今まで自分が描いてきたのは自己満足であって作品ではない!
中学の時描いていた晴春怒羅魔というエッセイ漫画も好きでかいていたし、バトリックスも好きで描いていただけであって、それに偶然「滅茶苦茶だ!」と評価がついただけのものだ。
俺の絵は50%独学である。特にマンガ絵は独学だ。
小学校時代に学童保育に行きたくなくて絵の教室に通ったが…あそこは好きだった。
『あれを描け』『これを描け』『ここはこうしなきゃいけない』『そうするのはだめ』
とかは無く、ほとんど自由だった。決まっているのはテーマだけだった。
絵の技術に関しては『こうしたらいいよ』と言うだけで深くまで干渉しなかった。
また、言うとおりにしたら必ず良くなった。
それで小学校時代に俺は絵が好きになっていった。
中学の美術教師もよかった。彼女も絵をマニュアル化しなかった。
でも、高校は違った。
そこは自己満足の世界ではない。自分の技術を商品として提供出来るようにと、絵の技術を高める為だけの場所であった。
しかも色々な所で働けるようにと美術以外ほぼ絵を描く授業は無かった。
俺は絵が嫌いになっていってしまった。描く事も。見ることさえも。
そして母と喧嘩して気づいた。『自分の意志で高校を選んでいなかった』と。
…既に頑張る理由は無かったのかもしれない。だが先生との話の後に無理に努力をしていた。
そして再起不能になった。
しかし逃げを選択するのは勇気のいる事だ。
みんなからの評価がゼロどころかマイナスになるのだから…
恐ろしいよ。
…感想待っています。

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